元国立病院副師長、10年後のありたい姿を考え、39歳で在宅医療への挑戦を決断しました

箕面店 管理者

増田 貴生

DATA
1983年生まれ/大学院卒/前職:国立病院/管理者経験あり/訪看経験なし/大阪府出身/2023年4月入職/2023年5月より管理者

医療職になったきっかけと経歴を教えてください

子どもの頃、両親が共働きだったため、祖父母によく面倒をみてもらっていました。もともと人と接することが好きで、高齢の方に何かお手伝いすることが好きでした。看護師の母親が働く姿を見ていたこともあり、「私も人の役に立つ仕事をしたい」と思い看護師を目指しました。
看護大学を卒業後は、大阪府の国立循環器病センターに入職しました。脳外科のICUを約3年、心臓外科のICUを約7年経験し、看護師9年目で副師長となりました。その後17年の勤務を経て、2023年4月にかかりつけに転職しました。

転職前に感じていたキャリアや仕事の「悩み」について教えてください

子どもが手術をしたことがきっかけでした。私は子どもが3人いるのですが、遊んでいるときに一番下の子が大けがをして緊急手術をしました。今では後遺症もなく元気にしていますが、それ以降、家族と一緒にいられる時間の大切さを考えるようになり、将来に不安を感じました。いずれは看護師長や看護部長になりたいと思っていましたが、前職では、県外で単身赴任する可能性もあり、これからの人生と看護師のキャリア、そして「自分が本当にしたいことはなんだろう?」と考えるようになりました。また、「看護師が定着するいい組織を作りたい」という想いがあったのですが、それがなかなか実現できないもどかしさも感じていました。

転職前の「不安」について教えてください

色々葛藤はありました。私が臨床で所属したのは集中治療室と急性期病棟のみで、かつ、循環器しか経験してきませんでした。そのため、訪問看護でどこまでのことができるのか不安でした。また、収入面の不安もありました。前職では月4回夜勤があり、その分の夜勤手当がありました。転職で夜勤がなくなると、その分の収入がダウンするのではという葛藤は正直ありました。周囲からも「なぜ辞めるのか?」と何度も聞かれましたよ笑

転職前の悩みや不安をどう乗り越えたのですか?

決め手は2つあります。1つは代表の藤野さんと会って話をしたときに、ここなら自分がやりたいことができそうだと思ったからです。「退院後にその人らしく生きることを支える」ということ、「人が育つ組織を作って、活躍する医療職が増えること」「社会貢献に取り組めること」が実現できる会社だと感じました。また、大好きだった祖父が病院で亡くなったことも背中を押しました。家が好きな人だったのですが、医療過疎地だったこともあり、訪問看護を使うことはできませんでした。前職は大好きな場所でしたが、家族との時間も含め、自分のやりたいことに挑戦できる機会がここにあると感じ、転職を決意しました。

一歩を踏み出して、今どうですか?

入職して1カ月で箕面店の立ち上げ所長となり、新規のご依頼がくるまでは焦りばかりが募っていましたが、地域の皆さまに少しずつ認めていただきながら、ご依頼も増えてきました。収入面では夜勤がなくなった分の夜勤手当分が転職によって減少しましたが、必ずしも「給与が多い=幸せ」ではないと感じています。家族が生活するための給与は必要ですが、それ以上にやりがいを感じながら仕事を楽しめることが大切だと私は考えています。かかりつけでは、前職以上のやりがいを感じていますし、家族と一緒にいられる時間は圧倒的に増えました。
また、かかりつけに入職して、人として成長できているように感じています。多職種で連携しながら、ご利用者さまの人生に深く関わるなかで、看護師として、人として成長させていただいています。

かかりつけに興味がある方の中には、「よい看護を届けたいのに、それができていない」と悩む方もいるかもしれません。ただ、そう思うこと自体はとても素敵なことだと思います。さまざまな要因で「よい看護」ができないのであれば、「もっとよい看護をしたい」という気持ちを大切に、一歩踏み出してみるとよいと思います。

新しいことへの挑戦は、誰でも不安に感じると思います。みんなのかかりつけのスタッフは、誰もが「その人にとっての最高のケアを届けたい」という同じ目標に向かう仲間です。最高のケアを届け、その連鎖を地域に広げ、日本中どこにいても豊かに暮らせる社会を一緒に実現しましょう。

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